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Issy no Hitorigoto ~ボクの土佐日記~

高知に移住してきて早16年目。高知の海のダイビングの水中写真を中心に、南国土佐の自然や日常、高知の暮らしなどなど、いろいろなことをつれづれに書いていきたいと思います~www

母の逝去④ 通夜・葬式

亡くなった母は

自宅に連れて帰って、

2晩、自宅のベッドで過ごしてもらいました。

 

あんなに帰りかがっていた自宅でしたので、

すこしだけでも過ごせてあげられてよかったと思っています。

 

ベッドの母は、本当に眠っているような、

やすらかな、きれいなお顔をしていました。

 

ステロイド治療でムーンフェイスになって、

浮腫が強く膨れ上がっていた

顔の輪郭や首回りが、

2週間にわたる点滴なしの療養と、

亡くなったことによる乾燥とが相まって

ずいぶんスマートに引き締まって、

すっかり元気なころのような、

とってもきれいなお顔になっていました。

 

 

お通夜とお葬式は

 

父の意向もあって、

仏教ではなく日本神道で行いました。

(親戚に聞かれると、父はボクのせいにしてたけどwww

 

はじめに打ち合わせをしていた実家の近所の葬儀場は

他の人が入っちゃってて、

隣駅の会場になったのは残念でしたが、

いい葬儀社ととてもいいスタッフの方に恵まれて、

たいへん和やかに、厳かに、

とてもいいお通夜とお葬式ができました。

 

神道では、

お通夜もお葬式も

すべて、個人はこれからお家の守り神になる、

という認識での「祭事」になりますので、

「通夜祭」 「葬場祭」 となって、

なんでもお祭りになっちゃうんですね。

 

このへん、辛気臭くなくってまことによろしい。

 

また神道のいいところは

仏教臭くないところ(あたりまえかw

戒名代とか余計なものがないところ

すがすがしくてシンプルなところ

などがありますが、

仏教だと聞いててもさっぱりわからない読経のところが、

そこそこ聞き取れる言葉で、

故人の来歴や人生を読み上げてくれるところ、

が個人的にはよかったですね。

 

お布施(玉串料)は思いのほかがっちりお支払いしましたけどwww

 

 

家族葬、ということにしましたので、

親戚と、数名の母の友人だけの式でしたが、

親戚も思いのほかたくさん来てくれて、

10数年?、へたしたら20年ぶりぐらいに会う

いとこたちもたくさん集まってくれて、

和気あいあいと笑い声の絶えない、いいお式になりました。




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  1. 2018/06/30(土) 17:29:00|
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母の逝去③

点滴を外されてから

母は予想以上に長いことがんばりました。

 

 

いつまでも仕事を休んでついているわけにもいかないので、

一度ボクたちは家のほうに帰り、

 

父には入れ替わりに息子を付けていおいてきました。

彼からは

・意識があってしゃべれる時間はだんだん短くなくなってきた

・それでも今日は入浴があった

・尿量が減ってきていて、丸一日の排尿量が昨日は60mL 、今日は100mLぐらいだった

などの報告を毎日入れてもらい、状況の把握に努めていました。

 

 

最悪、絶命の報告を聞いてから駆け付ける、

ということも十分に考えられた状況でしたが、

母はがんばってくれまして、

次の土曜日に面会に上京するまで、

持ってくれていました。

 

土曜日に面会した母は、

まだまだ元気そうに見えて、

ボクたちが来たことも明らかにわかりましたし、

少し返事も返してくれました。

 

この時は、

痛みも、最後のころの訴えていた背中の痒みも

全くなく、

とても楽そうに眠っていました。

 

 

 

翌日日曜日、

まだ様子が元気そうなら

もう一度自宅に家族は返すつもりで面会に行きました。

 

そうすると、この日は少し、

様子が違っていました。

 

 

口を開けた呼吸を、少し肩を動かしながらしています。

 

それでも母は、ボクたちが見舞いに来たことは認めていました。

目を開けることはなかったものの、

口元に微笑みを浮かべて、

ボクたちが来たことはわかっていました。

 

父と、ボクたち家族とで母を囲んで、

昔の楽しかった思い出話を

母に聞かせるように

少し大きな声でしていました。

 

 

しばらくすると、母の呼吸が、少しずつ、

間欠的になってきました。

 

 

一呼吸ごとの間に、

45秒ぐらい息が止まって、

呼吸の間隔が開いてくるのです。

 

これは前にもあったことなので、それほどシビアにはとらえていませんでしたが、

 

 

そのうちに、

15秒ぐらい、

長くとまっています。

 

 

「もしもし、お母さん、息が止まっていますよ~」

 

声をかけて肩を叩くと、

また息をし始めました。

 

 

そんなことを何回か繰り返したのち、

いよいよ呼吸停止時間が長くなってしまい、看護師を呼びに行きました。

 

「今がお別れの時ですね。

ベッドの柵を外しますから

皆さんおそばに寄り添ってあげてください。」

 

これがいわゆる、ご臨終のときでした。

 

 

病院に向かっていた兄の到着を待って

ドクターをお呼びして、死亡診断をしてもらいました。

 

1412分。

 

最後は、本当に安らかに、

ボクたちの目の前で、

 

文字通り、眠るように旅立っていった、

母でした。

 

 

点滴を外してから、丸2週間。

母はゆっくりと、枯れるような最期を迎えました。

 

最後はボクたち家族に囲まれながら、

これ以上はないと思えるぐらい、

最高の最後だったと思っています。

 

ボクたちも

そしてきっと母も

幸せでした。

 

 

ホスピスのスタッフの皆さんには

本当に感謝以外にありません。

 



  1. 2018/06/25(月) 00:00:00|
  2. その他
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母の逝去② しかしうちの母はがんばる

日曜日に医師からの手紙をもらって、

これはいよいよ危篤である。

 

持って数日、

長くとも週は越さない、と判断したけれど、

 

月曜日は仕事が外せず、

 

火曜日になって、家族を伴って上京しました。

 

入院・闘病中の兄を迎えに行き、

一時外出をとってレンタカーで運んで

久しぶりに会わせ、

最後の別れをしのびました。

 

ほとんど昏睡状態ではありますが、

時折目を開けて、反応することもあります。

 

「来ましたよ」

と声をかけると、

少しうれしそうに、小さくうなずいていました。

 

翌水曜日には呼吸が粗くなり、

間欠的になって息の止まる時間が長くなり、

数秒から長い時は数十秒呼吸が止まっています。

やはり状態は悪くなっているように見えました。

 

木曜日には呼吸時には口をすぼめるようになり、

肩をモゾモゾ動かす動作をするようになりました。

だんだん死期が近づいているのが見えるようでした。

これはいよいよだと、海外にいる弟も呼び寄せることにしました。

 

ところが金曜日には、

なんだか顔色もよくなって、

何となく、受け答えがはっきりしてきたように見えます。

 

あまつさえ、

間欠的に苦しそうだった呼吸も

穏やかに安定した呼吸に変わっています。

 

国外にいる弟にも連絡を取って呼び寄せ、

 

弟が到着した土曜日、

弟の、まだ小さい子ども(孫)を見ると、

笑顔まで浮かべました。

 

点滴を切って、

もう一週間。何たる生命力。

 

人は水を飲まないと3日で死ぬ

というのはうそですねー。

 

母は明らかに持ち直してきています。

 

点滴を止めているので

緩やかな下り坂でこのまま最後の時を迎えるのは間違いのないところですが、

少なくとも今の彼女は、

息子たちがそろって、たくさんの人に囲まれることで、

力が出て、一時的にせよ

状態が上向いてきています。

 

日曜日にはなんと、

少し口を開いて

まとまった会話をすることができました。

 

もちろん昏睡している時間が長いのですが、

「背中がかゆい」とか、

掻いてやると

「もっと上」 などと言います。

 

まだこんな意思の疎通ができるなんて。

 

点滴を止めて、もう一週間以上がたつんですぜ。

 

 

こうなると、いつまでも仕事に穴をあけているわけにもいかず、

かなり逡巡をしましたが、

火曜には一度、仕事に戻ることにしました。



  1. 2018/06/21(木) 00:00:00|
  2. その他
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母の逝去①

いよいよ母が危篤だという連絡が入り、

実家に戻ることしました。

 

母は、末期の肺がんで、

原発巣の肺の症状(胸の痛みとか咳とか)はそれほどでもないのですが、

骨転移が強く、

脊椎、腰椎、骨盤をはじめ、あちこちに転移があり、

高齢のため抗がん剤治療というわけにもいかず、

放射線療法は少しやってみましたがあまり効果もなく、

がんはあるけれど、

打つ手がないので、

ただ見ているだけ、という状態が続いていたところでした。

 

骨転移は特に骨盤がもっとも強く、

レントゲンを撮っても

ほとんど骨盤が映らないような状態で、

両脚の大腿骨に人工関節を入れている彼女は

下腿に体重をかけてしまうと

人工関節を止めているビスが

脆弱になっている骨盤を突き抜け

腹腔を突き破ってしまう(!)という恐れがあり

特に足には絶対に体重をかけられない、

寝たきりの生活が続いていました。

 

そんな状態の彼女では、受け入れてくれる病院が難しく

大学病院を出されてしまってからは

一次は近所の病院に転院してしばらく置いてもらいましたが、

急性期の患者を診る病院では

先行きのない患者をいつまでも置いておくことはできず、

療養型の病院の転院先を探し、

順番待ちをして、

ようやく「ホスピス」に入ることができました。

 

ホスピス、というのは、

終末期のがん患者を専門に看取る施設のことで、

緩和ケア、とかターミナルケア、などと呼ばれることもあります。

 

ホスピスでは、がんの治療はしません。

患者がいかに楽に過ごせるのか、ということだけに重点を置いて、

患者のケアをします。

要は、がん患者のがん性疼痛をいかにコントロールするか、

痛みを感じさせずに楽に過ごさせるか、ということを考え、

その中でがんが自然に進行していったら、

楽に最後も迎えられる、

そんな考え方による治療を中心に、

患者の最後の看取りを行う医療施設です。

 

そんな施設ですので、

入院時には

「延命治療は行わないことに同意します」

「心電図などのモニターも必要としません」

「必要な場合には鎮静処置(麻薬以外の強い鎮静剤の使用)をお願いします」

などの誓約書を書き、入院します。

 

そのホスピスの主治医から、

お手紙をいただきました。

いわく、

「この数日浮腫が強く、

経口でものを食べたり飲んだりすることもできなくなり、

回復不能な下り坂に差し掛かっていると思われます。

血管の確保が難しいこと、

水分補給はかえって浮腫を含めた全身状態を増悪させてしまうこと、

点滴を続けて仮に延命ができたしても

それはいたずらに患者の苦しみを引き延ばすことであること、

という理由から、

ブドウ糖と水分を入れている点滴を外そうと思います。

そうなると、緩やかに下り坂になっていって、

予後はあと日にち単位、ということも考えられます。」

 

要するに、母の余命は日にち単位でしか持たない。

来週までは持ちそうにない、

という意味だと読んで、

妻を連れて上京して母のもとに向かいました。

 

しかし、ホスピスというところは恐ろしいところです。

延命処置はしない、ということに同意はしましたが、

ボクらがイメージしていた

やらない延命処置、というのは、

たとえば、

経口摂取ができなくなっても

胃瘻(穴をあけてチューブで流動食を入れること)はつくらない、とか、

呼吸が止まっても人工呼吸器での呼吸の維持はしない、とか、

心臓が止まっても人工心肺での循環機能の維持は行わない、とか、

そんなことが「延命治療はしない」という意味だと思っていたのですが、

 

さにあらず。

 

口から物が食べられなくなってしまったら、

ブドウ糖の点滴も外してしまう、

というのです。

 

これはある種、衝撃的でした。

 

そんなことしたら、死んじゃうじゃん。

 

でも、そう

(ケースバイケースで人の状態によるとは思いますが)

最後口から食べられなくなったら

点滴はやめて、

枯れるように死なせていく、

これが、ホスピス、というところでした。

 

一般の医療とはあまりに違う考え方に

本当にびっくりしました。



  1. 2018/06/19(火) 00:00:00|
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九州旅行

113-5日の連休は

人生2回目の九州旅行。


四国の端っこ、伊方まで車で走ると、
フェリーに乗って70分。

 

フェリー行きweb 

 

案外近い。

 

 

ついたところは

関サバ、関アジで有名なところ。

目についたお食事処に入ると、


sekinose web 

 

びっくりするほどお高い。

 

関サバ(お造り) 1本 9000えん!
関アジでも 1本 5000えん!!

 

アジ1匹に5000円っていうのはなぁ。

ということで 海鮮丼 みたいな定食ものを食べたけど、

 

十分おいしかった。

 

 

この日は 九重「夢」大吊橋。

日本で一番高くて、2番目に長い吊り橋だそうで。


紅葉もきれいで、大きな滝もあって、

なかなかいいところでした。

 

コリアンの観光客が多くて、ちょっとうるさかったけど。

 

 

この日のお宿は 湯布院のニューホテル「金門坑。」

 

超素敵なリッチなお宿。

 

 

設備もお食事も温泉も、

とっても素晴らしかった!!


その素晴らしいお部屋でボクがしていたのは、

「キングコング 髑髏島の巨神」のビデオ鑑賞。

 

ちょっと情けなしwww

 

 

 

翌日は

素敵な朝食を堪能した後、

 

九州サファリパークへ。

 

 

サファリパークって初めて♪

 

ちょっと子どもみたいに興奮してます。

 

 

まずはライオンの赤ちゃんと記念撮影。

 

lion baby web 



リスザルに餌をやったり、

カンガルーと遊んだり、


risuzaru web 


 

それからバスに乗って、動物にエサやり。


lion feeding web 

 

 

エサやり好きとしては、なかなか楽しかった(^^

 

 

サファリパークの次は

 

別府 鉄輪温泉に行って、

 

 

地獄の温泉巡り。


地獄 web 

 

 鬼石坊主地獄 web

 


血の池地獄 web 


鉄輪の町は、

 

そこら中から湯気が立ち上る

すごい温泉郷。


matijuukarayukemuri web 

 

 

この日のお宿は 黒田や さん。


黒田や web 

 

 

ここも古いけど気持ちのいいお宿でした。



湯煙と月光 web 

湯煙と月光 

 



3日目は

 

由布院観光。


yuhudake web 

由布岳

 

チーズケーキとかを食べながら

 

町を散策。

 

 

金鱗湖は紅葉がとってもきれい。


金鱗湖 

 

手打ちそばもおいしい。



でも一番興奮したのは、


湯布院の街の中あった、

「フクロウの森」


karahutohukurou web 


hukurou 2 web 

 

hukurou 1 web 



menhukurou web 



ふくろう 4 web 



hukurou 3 web 


いろんなフクロウ、ミミズクと


まぢかでスキンシップのできるところでした♪






さぁ、フェリーに乗って、四国へ帰ろう。


feri-kaeri web 

 

 

また来たいなぁ。


また来よう。






 

 

 

  1. 2017/11/19(日) 21:39:00|
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  3. | コメント:0

プロフィール

issy1455

Author:issy1455
神奈川~千葉~パラオ(笑)~埼玉~と流れながれて、南国土佐に流れ着きました。
高知県は自然がいっぱいあって食べ物がおいしくて、ホントーに暮らしやすく、いいところです。
若いころから続けているスクーバダイビングを中心に、高知の自然やいいところを紹介していきたいと思います。

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