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Issy no Hitorigoto ~ボクの土佐日記~

高知に移住してきて早16年目。高知の海のダイビングの水中写真を中心に、南国土佐の自然や日常、高知の暮らしなどなど、いろいろなことをつれづれに書いていきたいと思います~www

だいぶ赤くなってきたかな

なんと、

インフルエンザにかかって寝込んでました。


発熱したニョーボを連れて

ボクも頭痛と咳が止まらないので、
(先週の)日曜日に診療所を受診。

ニョーボはインフル陽性で、

抗インフルエンザ薬が処方。

 

ボクはその時はまだ熱はなかったので

インフルの検査はおろか、

抗インフル薬の処方もしてもらえるはずもなく、

咳止めをくれたのみ。


休日の月曜日も安静にしてたんだけど、 

火曜日から発熱が始まって、38℃。
そこで別の診療所に行って

いよいよインフルエンザと診断。


抗インフル薬の吸入をして寝てたけど、

火曜日はほぼ一日3939.5℃!

水曜にいったん下がって37.5℃。

木曜にまた上がって38.5℃!

 

なんだこりゃ。


高熱のあいだは、身体じゅうが痛くて、
モーラステープを貼りまくって
ミイラ男みたいになってました(笑)


 

金曜にようやく解熱して36℃台の平熱になって、

 

土曜日は会社の新年会だったけど、

まだウイルスの排出は続いていると思うので

遠慮して欠席。

 

ほぼ一週間寝て過ごしたことになる。

 

年末年始の疲れもあったのかな。

 


 

さて、辛気臭い話ばかりしてても仕方ないんだけど、

かといって海にも行ってないし、
話題がないので、

アクアリウムのお話。

 

 

体調の戻った日曜日に久しぶりに
水替え&濾過槽の掃除(小さい90㎝の2本だけだけど)をして、

水槽がきれいになりました(^^


suiou 20190120web 
まー、雑多な飼育状況だこと(笑)



8
月の末にやってきたレッドアロワナの子どもも

少しずつ大きくなってきて、

すこーし色が出てきたかなぁ。


superred 20190120web 

 

乱暴者でよくジャンプして
ウロコを飛ばしてたり、

 

餌のえり好みが激しくて、

昆虫の生餌(ワーム)しか食わない
ってとこが困り者。


 

早く大きくして大水槽に入れたいけど、


 

まだ今のサイズじゃ、

先住者に食べられちゃいそうで笑笑


150水槽20190120web 

150㎝水槽はこんな感じでこわもてなのがごちゃごちゃしてるww




タイシャベ20190120web 

中でも要注意はこいつ。
タイガーシャベルノーズキャット。
でっかい口で、アジぐらいならヒト飲みにするからねー。





superred201901202web.jpg 


ちびちゃんには、はやく大きくなっても欲しいけど、
不自然にデブったアロワナにはしたくないので、
餌を絞り気味にして、ゆっくり育てています。




クロスバックゴールデン20190120web 

 ベタ金の安定した発色を見せてくれているのは120㎝水槽のコイツ。
クロスバックゴールデンアロワナ。

でも太りすぎ笑笑


人工飼料でも何でも食べるから、
底ものにまで餌をいきわたらせようと
餌を入れると、みんなこいつが食っちゃう。


ダイエットもさせられないしなぁ(笑)



水槽がきれいだと気持ちがいいね~。


週一の水替えだけじゃなくて、

掃除もこまめにしよう。

(って、掃除した後は毎回思うんだけど・・・)





 

 

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  1. 2019/01/20(日) 22:13:00|
  2. アクアリウム
  3. | コメント:0

兄の逝去

ボクには2つ年上の兄がいました。

大変残念ながら、

今年12日、

55歳の若さで 永眠してゆきました。

 

今回は、自分の備忘録として
その兄の病気の記録を綴ってみます。

 

いつもの面白おかしいダイビングなどの記事とは異なりますので、
興味のない方は御覧にならないでください。
そして、とてもとても、長いです。

 

 

兄に異常が見つかったのは

昨年の4月半ばのことでした。

強い倦怠感が初めの訴えで、

近医を受診したところ、強い貧血と診断され

大病院での精密検査を勧められ、

すぐに直近の大学病院、日大医学部板橋病院を受診しました。

 

日大病院での精査の結果は、

すい臓がん 胃・腹膜浸潤。ほかに食道がんも見つかりました。
さらに受けた全身転移を見る検査(PET CT)では、
すでに全身に広範な骨転移、リンパ節転移が見られる、

というものでした。

 

すい臓がんは全てのがん種の中で、
もっとも予後の良くないものの一つです。

とにかく発見が遅いことが多いので、

見つかった時にはすでに手遅れ、というケースが多いのです。

 

兄の場合でも、見つかった時には原発巣(膵臓)から
すでに近辺の組織にがんは進展しており、

遠隔転移もたくさん見つかって、

とても手術で取る、ということはできない状態でした。

 

このころインターネットで情報を検索したところ、

手術不能膵がんの生命予後は、中央値で3か月、と書かれていました。

 

要するに余命3か月。(データ上ですが)

 

ボクと父は、

兄は最悪、5・6・7の3か月。
もしかすると、この夏まで持たないかもしれないのだと悟りました。

 

その後、セカンドオピニオンを

築地の日本がんセンター中央病院、有明のがん研究所で受けましたが

結果はほとんど同じことで、

がん研究所のサジェスチョンを受けて、

日大病院を拠点として、

すい臓がんに対する最強の化学療法とされる、

フォルフィリノックス、という抗がん剤の組み合わせ治療を受けることになりました。

 

フォルフィリノックスは手術不能の末期すい臓がんの予後を飛躍的に伸ばす

という実績のある化学療法で、

「飛躍的」とされるその実績というのは、

生存期間が約10か月延長する、ということでした。

 

兄に病魔が見つかったころは、
ちょうど、母がホスピスに転院して、

最後の時を待つような時期でした。

万が一兄が先に逝くようなことがあるといけないので、

母に兄の病気のことを告げるかどうか、

ボクたちはかなり悩みましたが、

結局、知らせることはないまま、母のほうが先に旅立っていきました。

 

 

兄に施されたフォルフィリノックスは、

はじめのうちは目を見張るような効果を示しました。

腫瘍の直径がほぼ半分になるぐらいの奏功を示したと聞いています。

 

しかしその効果も長く続くことはなく、

また、はじめは軽度にすんでいた、抗がん剤の副作用も、

回数を重ねるうちにどんどん辛いものとなっていき、

 

兄は強い痛みや激しい苦しみを訴えることが多くなっていったそうです。

 

はじめに頼った日大病院は、
ありていに言って、死を前にした患者に対しては

まったく親切でも、丁寧でもありませんでした。

フォルフィリノックスが効いていた時はともかく、

がんが再増悪を開始してからは

病状の説明は二転三転し、

納得のできない説明ばかりを受けていました。

 

セカンドラインの化学療法として

ジェムザール+アブラキサンも試してみましたが

副作用ばかり強くて効果はほとんどなく、これはすぐに中止になりました。

 

1124日、家内と上京した際には、
レンタカーを借りて父を連れて、日大病院に見舞いに行きました。

父と兄とは、約1時間程度、話をすることができました。

後で聞いたところによると、兄は、

「どうしてこんなに具合の悪い時に父を連れてくるんだ」
と言ってかなり立腹していたそうです。

実際次の日には体調もかなり崩してしまったようでした。

しかしボクたちとしては、おそらく、元気に話ができる機会は、
それが最後だという思いがあって、

無理に、兄には黙って、父を連れて行ったのでした。

兄はその時は立腹したかもしれませんが、

結果としては、ボクたちの読みの通りになりました。

 

日大では、疼痛のコントロールも

こちらからお願いしないと
満足にしてもらえないようなところでした。

挙句の果てには、IVH(中心静脈栄養)で命をつないでいる状態で、

(手の施しようがないので)そろそろ退院を考えましょうか、

と言われる始末でした。

 

日大に見切りをつけたボクたちは、

知人の医師から紹介を受け、

同じ板橋区内の帝京大学病院に転院しました。

 

こちらはとてもきれいな病院で、

高層階にある病室は見晴らしもよく、

個室であったこともあり、とても環境のいいところでした。

 

この時、病状はすでにかなり末期でしたが、

帝京大学の医師団は、

本人にやる気と元気があるなら、

サードラインとしてTS-1の経口療法を試してみる、

ということを言ってくれていました。

 

しかし、その抗がん剤治療を開始する前に

兄は肺炎を発症し、

この肺炎の軽癒を待つうちにがんはどんどん進行しているようでした。

 

兄嫁からは、毎日病状のご報告をいただいていましたが、

それは一日ごとによかったり悪くなったり、の繰り返しでしたが、

全体的にみると少しずつ、でも明らかに

後ろに向かって進んでいるものでした。

 

兄が2018年の年末を越えることができるかどうか、

正直わからないような状態でした。

 

2018-2019の年末年始に

ボクはムスメと二人で上京しました。

1230日、レンタカーを借りて、

オヤジを連れて、帝京大学病院にお見舞いに行きました。

 

そこにいたのは変わり果てた姿の兄でした。

ミイラのようにやつれ果てた姿で、

半白眼に、口を大きく開けて酸素吸入を受けながら、

麻薬によって意識のない状態で

眠っているだけの兄が、そこにはいました。

ボクは見ていられない思いで、

病室から出たり入ったり、反対側の談話スペースに逃げていたりしました。

ほぼ半日そんな姿を見守ったのち、

面会時間の終了も迫り、ボクらは辞去することにしました。

父たちが先に病室を出たあと、

ボクは最後に枕元に行って

子どものころのように

「おにいちゃん」と呼びかけてみました。

 

すると、それまで麻薬で昏々と眠っていたはずの兄は

大きく目を見開いて、ボクのことを認めました。

そして寝ていた身体を起こすようにして
ボクの手を握り締めてくれました。

力強い握手でした。

 

帰りかけていた父をすぐに呼び戻し、

会ってもらいました。

 

はっきりは聞き取れませんでしたが、

父が「来ていますよ。頑張ってよ」と言ったのに対して、

兄は「まだ だいじょうぶ」 と言ったように ボクには聞こえました。

 

 

ボクとムスメは、12日の朝1便で、自宅に帰ることにしていました。

状態は深刻なものの、この先いつまで持つのかわからない状態で
東京で待ち続けているわけにもいかないからです。

 

羽田空港に向かう空港バスの中で、

兄嫁から連絡が来ました。

 

「昨晩からの苦しみようが尋常ではないので、

鎮静剤の投与をお願いしようと思います。」

 

鎮静剤、というのは、

麻薬では抑えきれなくなったがんの痛みや

痛みとは異なる苦しみに対して、
緩和ケア医療の「最後の手段」として使われる薬剤です。

 

兄の苦しみに対して、医師団は何度も使用を検討してきていましたが、

最後に父やボクに会うまでは使わないでおこう、と、
使用を先延ばしにしてきた薬剤でした。

年末に、最後の面会も果たし、

本人の苦痛を取り除くために、
いよいよ鎮静剤の使用に踏み切ることになったのです。

 

鎮静剤 というのは、簡単に言うと、全身麻酔薬のことです。

全身麻酔にかけてしまえば、
意識はなくなりますが、痛みも、苦しみも、感じることはなくなります。

 

しかし、がんで全身状態が著しく低下している患者に

持続的に全身麻酔薬を投与するということは、間違いなく死期を早めます。

 

バスの中でムスメと二人でスマホで検索をかけまくったところ、

鎮静剤の投与から死亡に至るまでに時間は、

早いケースで数時間、長い方でも3日間程度、という結果でした。

 

ボクたちは羽田で搭乗予定の飛行機をキャンセルし、
家内にできるだけ早い便でこちらに来るように伝え、実家に戻りました。

 

鎮静剤の投与は12時過ぎから始まったようです。

ボクはレンタカーを用意して実家で待っていました。

「血圧の低下がみられるので、家族の方は病院へ来てください」

という連絡をいただいて、夕方、父を連れて帝京大学へ行きました。

運よく、最終の飛行機が1席だけとれた家内も、病院で落ち合うことができました。

 

こうして、兄は、12日 午後1041

ボクたちがそろっている前で、永眠いたしました。

享年55歳。

あまりにも若すぎる死でした。

 

 

兄嫁は、兄の命のある間は葬儀のことなどはとても考えられない、

と言っていましたので、

準備らしい準備は何もできていませんでした。

 

ボク自身、何軒か池袋近辺の葬儀社、葬儀手配社にあたってみてはいましたが、

これと言って決めかねていて

帝京大学病院に出入りの葬儀社にお任せすればいいか、と思っていました。

 

しかし、霊安室の管理をしているその葬儀社では、

通夜・葬儀を手配するとなると、

現状では年末から亡くなった人がたくさん立て込んでいて

特に火葬炉と式場がいっぱいであることから、

最短でも通夜・葬儀が9-10日になってしまう、というお話でした。

また、式場のパンフレットや説明用の資料等を見ても、

あまりきれいな式場ではなく、

果たして満足のできる葬儀があげられるのか、

非常に不安が強くなりました。

 

そこで、その葬儀社にお任せするかどうかは、一晩考えさせていただくことにして、

死亡診断書をその葬儀社にゆだねてしまわず持ち帰り、

深夜ではありましたが、片っ端から電話をして、

もう少しベターな葬儀社がないか、探すことにしました。

 

まずは疲れている兄嫁には申し訳なかったですが、

兄たちのマンションに行って、

遺体を安置する部屋を大急ぎで掃除して作りました。

長いこと病院に看病で詰めていたこともあり

マンションはごった返していましたが、

家内とムスメとボクとで、

兄のマンションの一室と、玄関と廊下をきれいにして、
遺体を迎え入れることができるようにしました。

 

片づけと並行して葬儀社にあたりまくった結果、わかったことは

東京の火葬場には、「上・中・並み」のような区分があって、

確かに一般の火葬炉は予約でいっぱいだったのですが、

差額を払うと使える火葬炉にはまだ空きがある、ということでした。

 

そこで葬儀社数社に対して、最短で行える通夜・葬儀の提案と見積もりを

明朝可能な限り早い時間にメールと電話でもらえるように頼みました。

 

翌朝、見積もりを出してくれた葬儀社の中に、
兄の住居からごく近い、セレモニーホールがありました。

 

兄は生前に自分で調べてみていた時に、「ここは少し高いなぁ」

と言っていたそうなのですが、

兄嫁の言では、それは、高いからよくない、という意味ではなく、

少し高いけどここがいいなぁ、という意味ではないか、というものでした。

 

そこは日程的にも 通夜・葬儀を5日(土)-6日(日)で行える、ということで、

もっとも最短の日程でできる、ということでした。

葬儀はそこでお任せすることにして、それ以後のすべてをゆだねることにしました。

 

兄の遺体をマンションに安置して、

 

葬儀社との詳細の打ち合わせを行い、

 

兄嫁の喪服を買いに行き、

 

その日(3日)は終わりました。

 

 

まったく読めなかったのは、
参列してくださる方の、人数。

親戚筋はボクから連絡して、ほぼ100%わかったものの、

 

会社関係と、
友人関係が、見当もつかない。

兄嫁は「もしたくさん来ちゃったら、200人とか300人とかになっちゃうかも」

って言ってたけど、
会社の取次ぎをしてくれた人も

「会社関係は30人ぐらいだと思います」(のちに50人に訂正)って言ってたし、

連絡を回す時間が限られていたこともあって、

現実的なところは、80人から多くて120人ぐらいかと読んで

会場を選択していました。

 

 

兄の葬儀は、
生前兄が携わっていた、「手回しオルガン」の音色の中で、
神式で執り行われました。

通夜だけで、参列していただいた方は200人を超え、
まさしく兄嫁の予測の通りになりました。

正月早々、また逝去からほとんど時間のない中、
本当にたくさんの方にご参列いただきました。

 

喪主としての兄嫁は、

素晴らしい態度でした。

 

事前の打ち合わせでは

何一つ自分では決めることができず、

だいじょうぶだろうか、という心配が強かったのですが、

 

彼女の行った、喪主のスピーチでは、

心を打たれなかった人は、いなかったと藻います。

感動しました。

 

 

ふたつ違いの年上の兄は、

弟にとっては、

いつも追いかけている、

遠い背中です。

 

長じてからは、

兄は音楽に、

音楽の才能ないボクはマリンスポーツに、

と、活動の場は離れていきましたが、

 

少なくとも幼いころから
中学校ぐらいまでのあいだ、

ボクはいつも、

兄のすることを、

一生懸命にまねながら育ってきました。

 

そして大人になってからも、

例えば親戚づきあいなどの席において、

ボクは次男だから、

地方にいて行かれないから、

という理由で、

兄の陰に隠れて、逃げてばかりいました。

 

 

その兄は、もう、いません。

 

何かがあっても、
頼ることも、相談することも できません。

 

 

兄の背中には、ついに、
触ることもできなかったな、

と、立派なお葬式を終えて、いま、思っています。

 

 

 

 

 

  1. 2019/01/13(日) 13:40:00|
  2. その他
  3. | コメント:0

プロフィール

issy1455

Author:issy1455
神奈川~千葉~パラオ(笑)~埼玉~と流れながれて、南国土佐に流れ着きました。
高知県は自然がいっぱいあって食べ物がおいしくて、ホントーに暮らしやすく、いいところです。
若いころから続けているスクーバダイビングを中心に、高知の自然やいいところを紹介していきたいと思います。

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